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2019年12月 9日 (月)

ジュリーへの愛

私は、ジュリーへの愛を純粋培養してきました。
それが正しいと思ってきたし、今でもそう思っています。

最近、「俯瞰」という言葉を目にしました。

今年になって、ふと「コアではないファンの人」の話に耳を傾ける事がありました。
その時、私の中で何かが弾けたように思いました。

純粋培養してきたからこそ、『沢田研二大研究』という本を出版する事が出来た、今までやってきた事は、何一つ間違ってなかったと思っています。

でも。
別の方向から見る、と言う立ち位置があると気がつきました。

私は何でも許すと言う盲目的なファンだったかもしれません。
昔、広島時代に、「スタッフの立場で」と言われていました。
コンサートのロビーでパンフレットなどの販売のお手伝いをしましたが、その後はファンとして客席へ。
スタッフの立場、を理解しようと思わなかったのかもしれない。

当時、そして20年くらい前に「ファンが沢田を甘やかしている」と言われました。
甘やかして何が悪いの?と反発を感じたりしました。どーやったら、ジュリーに物申せるの?とも。
でも、今頃になってその言葉を重く受け止めています。

『俯瞰』
広い視野で見る
客観的に見る

今日、仕事をしている時にその言葉をふと思いだし
もの凄く実感しました。

私に欠けていたのが客観的に見る、という事でした。

盲目的に愛してきたからこそ、それにようやく気がつけた、と。52年もかかったけれど。
ジュリーが何をどう考えているのかは、全く想像する事しか出来ませんが、これからは違う方向から見て行きたいと思っています。
まだ、間に合うかな。

kimiko

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コメント

こんにちは 私のことかしら(笑)ちゃんと拝読させて頂いてます。

私の青春は洋楽一色でした。大学時に某アーティストが来日、ドームコンサート鑑賞を区切りに一旦卒業しました。
もう30年近く前の話です。それから色々聴いて、今一番好きなのはwes montgomery。人生前半は一途だった時期もあるので(笑)お気持ち少しはわかります、私は博愛主義者なので音楽はジャックルーシェからパコデルシア、カールパーキンスからデイブギルモアまで聴きます。
映画の方はルキノビスコンティに嵌ってまして大学では映画理論を取ったり、音楽は音楽、映画は映画でそれぞれハマってた人がいました。

私の人生、殆ど沢田さんと関係ないです(爆)
沼に落ちたのここ数年ですから(笑)
そんな私のコメントを気にかけて下さって嬉しいです。

色々お話できたら楽しいでしょうが私は地方在住の為公子さんのイベント等には参加できません。

私は沢田さんが迷ってるとは今は感じません。
確かに昨夏頃はそんな感じを受けたけど。

盲目的な愛を止める・・・。
今更誰も何も言わないのに。
変えようと思われたのは 何故なのか 逆にそれが知りたいです。

投稿: コアじゃないファン | 2019年12月10日 (火) 08時50分

おはようございます。
「ああ、そうなんだ」と思いながらこの記事を読んでいます。
私は昔から、けっこう自分の思いとは別の角度で客観的にもジュリーを見てきたほうなので、今になって(今頃?)そう思われている公子さんに驚き!かなり盲目的だったのですね。でも、それだからここを訪れるのがおもしろかったし、「カリスマファン」と呼ばれたのだと思います。俯瞰してそれを冷静に世に出すのは評論家です。俯瞰して見えたものも含めて説明できない熱い思い、分かっているけどどうにもならない思いが膨らんでいるのが私たちファンです。
そういう意味では、公子さんは本を出されたりトークショーをされたり活動を広げられる中で、ジュリーファンからジュリー評論家に変わりつつあるのかもしれませんね。違うかもしれませんが、勝手にそう思いました。

投稿: ゆきこ | 2019年12月10日 (火) 09時11分

>コアじゃないファンさん

読んでいただいて、とても嬉しいです。
たくさん、いらっしゃるんだと思うととても嬉しいです。
残念ながら書いていただいた歌手のお名前を私は存じ上げません。ごめんなさいね。
道が一筋?違ったのかもしれませんね。

盲目的な愛、これは私だけでなく、多くのJulieファンが思っている事でしょう、Julieの事はなんでも許す、と。
それが良かったのか、悪かったのかは、わかりません。
それ以外、やってこなかったから。

ずっとずっとじっと待っていたら『みんなを信じて甘えた』などと
言ってもらえて、びっくり仰天しました。

何も言わなくてもわかっているんだと思いますし、
いやいや、もっと別の事をJulieが考えているのではないか。
とも思います。

まだJulieは迷っているように感じるのです。
何も証拠はありませんが。

気持ちに変化を与えたのは、1枚のCDでした。

投稿: 公子 | 2019年12月11日 (水) 06時27分

>ゆきこさん
ありがとうございます。
評論家にはきっとなれないとは思います、他人に指摘されるとむかっとしますから。。。
自分で言う分にはいいんですけどね。。。。。。。。。

カリスマファンでは、ないんですよ。
レコード、CDを並べられて年代順に置き換えよと言われてもきっと何もできないんです。
かなりいい加減なファンです。
ただ、見てきた事を文字に残している、というだけです。

色んな方とつながってくる、という事はありますが、それだけです。私自身に変化はないのです。
Julieと親しくなるなんてことはありえない事ですしね^^』

投稿: 公子 | 2019年12月11日 (水) 06時33分

今の公子さんの感覚が普通だと思います!
私も、小さい時は、盲目的に近かったですが、人生で様々な経験をして、還暦も過ぎると、沢田愛は変わりませんが、盲目的というような感覚とは違ってきますよね…。
だって、私達がどんなに盲目的でも、その傍で、沢田さんはちゃんと自分の人生を歩んでいる訳ですから…。
私達も、しっかりと自分の人生を歩みながら、ジュリーの歌を愛し続けるということが、良いのではないかと思いますが…。
本来の意味での、自律した大人にならなければね…。
いつも、そんな感じのことをジュリーも話続けていますよね…。

投稿: シルビア | 2019年12月11日 (水) 09時49分

>シルビアさん
まあ、ありがとうございます。
嬉しいです。

盲目的、だと思う事もそうじゃないと思う事も、どちらもあります。
時々、ふと我にかえって、自分を見つめなおしながら
これからも進んでいきたいと思います。。。

投稿: 公子 | 2019年12月12日 (木) 21時53分

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